あれは、忙しい日が続いていたある週末の朝のことでした。何気なく歯を磨きながら鏡をのぞき込んだ私は、思わず「えっ」と声を上げてしまいました。舌の真ん中より少し右側に、直径2ミリほどの、はっきりとした黒い点ができていたのです。昨日までは間違いなくなかったはずです。痛みも何もない、ただそこにある黒いシミ。私の頭の中は一瞬でパニックになりました。悪い病気だったらどうしよう。そんな不安が頭をよぎり、すぐにスマートフォンの検索窓に「舌、黒い点」と打ち込みました。表示された検索結果には、安心させるような情報もあれば、「舌がんの可能性」といった恐ろしい言葉も並んでいました。読めば読むほど、自分の症状が悪い方にあてはまるような気がしてきて、心臓がバクバクと音を立てるのが分かりました。その日は一日中、舌のことが気になって仕方がありませんでした。食事をしていても、仕事をしていても、常に舌の上の黒い点の存在を感じているのです。このまま不安を抱えて過ごすのは精神衛生上良くない。そう決心した私は、週明けに勇気を出して、かかりつけの歯科医院に電話をしました。診察の日、私は緊張しながら先生に舌を見せました。先生はライトを当ててじっくりと観察した後、あっさりとこう言いました。「ああ、これは血豆ですね。何か硬いものでも食べましたか?あるいは、気づかないうちに噛んだのかもしれませんね」。その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けていくのを感じました。そういえば、数日前に硬いおせんべいを食べたことを思い出しました。先生がおっしゃるには、痛みもなく、形も円形で境界がはっきりしているので、まず心配ないとのこと。自然に消えるから様子を見てください、と言われました。そしてその言葉通り、私の舌にあった黒い点は、一週間ほどで徐々に薄くなり、いつの間にか綺麗に消えていたのです。この経験から、私は自己判断で不安を募らせるのではなく、専門家の診断を仰ぐことの大切さを痛感しました。